覚悟と心構え
二次試験である「製図試験」の内容には、受験者である本人達も違和感を覚え
その違和感を飼い慣らすように試験本番を迎えます。
そして「違和感を飼い慣らす」事が出来る人だけが、合格に辿り着いている
のではないかと感じます。
飼い慣らす事ができない人は、自分を正当化するために言い訳を探しに行きます。
・設計の国家資格が手書きなの?なんで笑?
・実務の延長線上にないじゃないか、本当に必要か?
・6時間30分の設計内容で何がわかるの?
仕事が忙しくて、勉強をしている時間がない。私は激しく同意するし、実際 時間がなければ勉強は不可能である。隙間時間や寝る間を惜しんで勉強の時間に当てていた方には頭が上がらない。素直にすごいと思う。私は転職時期をうまく重ねて、製図の勉強に時間が割けるように図っていた。
言い訳は100人いれば、100種類出てきそうですが、そんな事は受験生全員が理解して
いるし、全員全く同じ条件です。
この試験の意義・論点はそんな下らないところではありません。
「本当の建築士予備軍」
「一級建築士」という資格は 、よく揶揄されています。理由は山程あります。
その反面、この資格を持っているだけで敬意を払われる事も多々あり、まったく
謎めいた魔法の杖です。
建築を学ぶ方法はそもそも決まっていません。
一流大学を卒業しても真面に設計業務が出来ない人はたくさん見かけます。
生まれながらにして建築的センスが爆発している人もいれば、何かをきっかけに
建築が好きになり、建築巡りをするうちに実力が付いてきた人もいます。
工事現場で働き出して、そこでリアルな建築を学んできた人もいます。
多種多様な建築に関わる人がいる中で、この試験はある種の平等性を保ったものだと
考えています。そもそも試験に合格した人を「建築士」だと決める試験ではない
ですし、芸術的な観点も採点の対象にはなっていません。
これから「建築士」として世の中に寄与できる資質の持ち主なのかを試す試験で
あると私は位置付けています。
問われるあなたの資質
この試験は、問題文の内容以上に、問い迫ってきます。
あなたは設計を行うものとして、単独で、どこまで深く詳細に計画を練り、建築に
意義を持たせる事ができるだろうかと。
幸か不幸か、建築という事象は非常に多くの人が関わる事で形づくられている。
もしあなた自身に至らない部分があったとしても、他の誰かが補ってくれている。
そのような助け合いで建築は成り立っている。
うっかりミスで設計したものに致命的な欠点を与えてしまったり、建築プロセス
という大きな流れを止めてしまったり、各方面からのストレスに耐えられなく
なったり...という人では、一人の設計者として仕事を任せる事が難しです。
『俺、私に限ってそんな事はない。今でも十分に仕事をこなしている』
『このまま実力を磨けば一級建築士の資格取得など時間の問題だ』
そう思うあなたは、今までにある程度の評価もされ、ある程度の結果も出してきた
のでしょう。しかし、その思いこみは危険です。
私もそうでしたが、そのままの感覚ではいつまで経ってもこの試験を突破できる
日が来ないでしょう。
「製図試験」を突破するためには、あなたの中に「新しいチャンネル」を
つくる必要があるのではないかと感じるようになりました。
「設計製図」というチャンネル
チャンネル。言い換えれば「心構え」とも言えるかも知れません。
簡潔に言えば、2つ。
1.思い込み(先入観)を捨てる事
2.割り切るための線引きをする事
内容は次回で。